実装が速くなるほど、理解の価値は上がる
「AIが設計して、AIが実装する未来」の話をよく見かける。
AIによる実装支援は素晴らしいし、自分も日々その恩恵を受けている。
それでも時々、ソフトウェア開発とは設計を実装へ変換する作業なのだろうか、と考える。
現場での開発は、設計してから作るというより、作りながら学ぶことのほうが多い。
実装して、気づいて、設計を変える。その繰り返し。
だとすれば、開発は正解を作る活動というより、学習する活動だということになる。
Peter Naur の theory building と近い話かもしれない。
プログラミングとはコードを書くことではなく、そのシステムについての理論を築く活動だという考え方。
AIが加速しているのは主にコードを書く工程である。
一方で、その理論を作る工程は、作りながら気づき、理解を深める過程そのものなので、そう簡単には短縮できない。
もちろん、自分も例外ではない。
AIのおかげで以前よりずっと速くコードを書けるようになった一方で、その速度に理解が追いついているかと聞かれると、自信はない。 実装が速くなること自体は歓迎している。 そのうえで、速くなるほど「なぜこうなっているのか」を説明できることの価値は、むしろ上がるのだと思う。
開発が学習する活動なのだとすれば、最後に希少なのはコードではなく、その背後にある理論なのかもしれない。